近畿歯科用品商協同組合

◆ 豊かさ  2009-12-14 10:02:58

12月10日、日商連事務所にて来春の会報の編集のための広報委員会が開催されました。各界の皆様から頂きました祝賀の中に、特に共感を得た一文がありましたので新春を待たず公開させていただきます。

『ミヤンマーでは貧困のために病院に行くことができず、たくさんの子どもたちが亡くなっている。我々は中北部に位置する小村ワッチェにある寺院所有の病院を拠点にして、子どもたちに無償の医療活動を行っている。川の水を引いた水道で手を洗う劣悪な衛生環境のもと、乏しい設備と頻繁に起こる停電に苦戦しながら、毎日、10人もの手術をこなす。外には患者の列。数時間掛けて遠方からやってくる子もいる。治療費には寄付金を充てているが、我々の生活費は自腹だ。
 私が目指すのは、たとえ病気が治せずに亡くなっても、最後まで人間として大切に扱われることだ。「生まれてきて良かった」と心救われる医療である。日本に小児科医の妻と幼い2人の子どもを残してまで活動を続ける理由は、こうした医療活動が私自身の幸せにつながっているからだ。
 途上国で活動をするうちに私の中には、豊かであることと、そうでないことの明確な境界線が生まれた。「豊かさ」とは、口にできるわずかな食料、雨露しのげる屋根、寒さから身を守る一枚の服があること。それだけあれば幸せだと気付いた瞬間、余ったお金や時聞を他人のために使うことを惜しまなくなった。また、回復した子どもの姿に喜ぶ母親の顔を見ることで私は、幼少期の追体験をしている。小児喘息を患い、体が弱かった子ども時代、発作のたびに寝ずの看病をしてくれた母親と心配してくれた家族。当時、私をいたわってくれた光景が、ミャンマーでの医療行為を通して甦り、私を幸せにしてくれている。
 一方、ミャンマーは第二次大戦で、従軍した日本兵30万人のうち20万人が戦死した激戦地だった。私がミャンマーに携わったきっかけは、日本人遺族から現地での医療行為を依頼されたことだが、私自身も、ミャンマーの人々を助けることで、戦死した兵士やその家族が救われると考えている。今を生きる我々が現状を変えていくことで、過去の歴史は意味を変えていくのだ。
 だから現在の日本の医療をよくしたいと思う。日本にもミャンマーと同じように、貧困から医療が受けられない時代があった。当時、切望した医療技術を手にした我々は、今、海外で同じ境遇にある人たちをその技術で助けることができる。これまでの日本の国際援助といえば、人、金、物資の全てを日本から持ち込み、使い切れば終わりだった。だが、大切なのは、循環型システムの構築だ。「ジャパンハート」では、医師や看護師などのスタッフが、半年間海外で働くと、その後の半年は日本のへき地で勤務し、再び海外へというサイクルを2年間続けている。この問は無給で、交通費も自己負担だ。しかし、彼らは日本の医療現場では習得できないものを学ぶだけでなく、国際支援や地域医療に貢献し、国内と海外を往複するたびに成長していく。医療者のキャリアは約40年。日本の医療者が、そのうちの数年間だけでも医療を受けられない海外の貧しい人たちのために従事することが、当たり前となることを願ってやまない。実現すれば、日本の医療の質は、がらりと変わるはずだ。』

 これは、日商連専務理事の宮内啓友氏の寄稿「新春のご挨拶と会務報告」から抜粋させていただいた文章の一部で、氏が心救われる医療への戦いと題したジャパンハート代表で小児科医吉岡秀人先生の講演会に参加された時のものです。宮内専務理事は『従来の市場万能主義による格差社会容認政権から「豊かさ」を感じられずに「欲望化」しつつある我々業界〜日本社会に、新政権の「友愛」まで行かなくとも「共生」は社会に必要なことだと思います。』と締めくくられています。 (出展:日本歯科用品商協同組合連合会会報 新年号 より)

私たちの環境は今までに無く厳しいものがありますが、あの世へはお気に入りの服一枚たりとも持ってはいけませんが、思い出は皆の心に残ります。感謝の気持ちで新年を迎えたいものですね。